ブログで育児日記を付ける

私は現在、2歳の息子を育児しています。我が子は本当に本当に可愛いのですが、可愛いがあまりイライラしてしまうことがよくあります。

また2歳はいわゆるイヤイヤ期で、育児の大変さがどんどん増してきているような…。赤ちゃんの頃も確かに大変ですが、ちょこちょこ歩き出して少し話せるようになると、もうイライラが止まらない事態があります。

一番イライラしてしまうのは家事をしているときです。リビングで一人で遊んでいるのを確認し、私が洗濯や食事の支度をしようと立ち上がると途端にワーッと泣き出します。近くにいてほしいという思いからなのかもしれませんが、とにかく私が何かをしようとすると泣き叫んだり、ひどいときはおもちゃを私に投げつけてくることも…。おもちゃを投げられたとき、私もプチっと切れてしまい「怪我するから投げないで!」と怒鳴りました。

2歳ですから会話が成立しないことは理解していますが、こういうのが毎日のようにあるといくら母親だからと言ってもストレスで参ってしまいます。

そんなストレスをママ友に相談したら、「育児日記をブログで書くと案外すっきりするよ」と言われました。イライラしてしまうことをまずは溜め込まずに書くことで吐き出す方法。私は素直に育児ブログを書いてみました。

息子の言動で可愛いと思うこと、でもイライラしてしまうことを書いていくうちに、確かに書いて誰かが読んでくれているかもしれないと思うと少しスッキリしてきました。しばらく続けていたら、同じ境遇で悩んでいるママからのコメントがついて「私だけじゃないんだ」という安心感や、アドバイスも得られるように…。

何より書くことで自分の言動も客観的に捉えられるようになり、「これは息子をきちんと叱るとこだ」「こんなことで私はイライラして息子に悪いことしたな」とか冷静に見られるようになったんです。

育児において一番のストレスは子供と二人の空間を強いられ、視野が狭くなってしまうことなんだと思いました。だから些細なことでもイライラしてしまう。叱るとイライラをぶつけるのは全然違うのに、自分でそのボーダーラインが見えなくなっていたと思います。そして話を聞いてもらい、共感やアドバイスを貰えるブログなら空いた時間に出来るのですごくオススメです。

私が受けた女性が多い職場ならではのマタハラ体験

私は以前、工場で簡単な部品の検査の仕事をしていました。そこは、従業員の9割が女性のパートで占めていて、休憩時間はお菓子の交換があったり家庭の愚痴を言い合ったりと、おしゃべりの話題には事欠かない、騒がしくも楽しい職場でした。

ところが、私の結婚妊娠を機に、そんな和気あいあいとした雰囲気は一転してしまいました。

私はまず妊娠がわかった時に、直属の上司に相談しました。というのも、その現場は立ち仕事で勤務時間が不規則なうえ夜勤もあり、具合が悪くなったときに迷惑をかけると判断したからです。

その結果、上司はすぐに私を昼間のみの勤務に変更してくれました。そして、ありがたいことに私用に椅子を用意してくれました。

それからしばらくして、陰口が始まりました。休憩時間にはコソコソした会話の中に「できちゃった」「予定日」「排卵」といった単語が聞き取れ、「あぁ、私のことを話しているんだな」と、すぐに理解できました。そしてその後に大きな声で「いやーだ!ギャハハハ!」と、品のない笑い声…私は、耐え切れずに休憩室を出て、廊下に一人でで座り込んでいました。しかし、次第に陰口は大声になり、廊下まで聞こえて来るようになりました。その内容は、「○月○日に病院でわかったんだから、あの頃に仕込んだ」「高齢出産だから(当時私は32歳でした)ダウン症の子が生まれるんじゃないか」「あの人はお尻が小さいから下からは産めないだろう、帝王切開に違いない」という下世話な噂話でした。

やがて、陰口は直接攻撃に変わりました。椅子に座っている私に「楽が出来ていいわねぇ、私たちが若い頃は妊娠しても畑仕事をさせられたもんだよ!何人こどもを流産したか数えられない」と大声で言われ、悪阻がひどくて早退を申し出ると「妊娠は病気じゃないんだ!そんな理由で早退なんてありえない!」としかられました。

私のフォローのために新たに入ってくれていた人に「あなたがいるからあの人はいらないわぁ!でもあなたは妊娠しないでね!妊娠するなら、仕事やめてからにしてね」といっていたのを聞いた時は、怒りやよりもむしろ悲しみしかありませんでした。妊娠することはそんなに悪いことなのか…と、思い詰めました。

あまりのひどさに毎日に泣き言を言う私を見かねて、主人は退職を勧めました。このままではストレスで精神を病んでしまうのではないかという恐怖もあって、結局私は妊娠中期で退職しました。ただでさえ妊娠中で不安定なメンタルのところに、精神攻撃はかなり堪えました。

私のマタハラ体験記

現在30代前半女性です。私がマタハラを受けたのは、20代中頃のことでした。当時私は、4年制大学を卒業し、一般企業に勤務していました。世間からも割と知名度の高い、大企業だったと思います。私が所属していたのは、ある支店の営業職でした。また、私がいた支店は、男性と女性半々ずつの人数だったのですが、男女別々のグループで営業活動を行っていたため、男性とはあまり接点がなく、唯一接点がある男性は上司の課長と支店長程度でした。なので、ほぼ毎日女性社会の中で働いていました。

私が妊娠発覚したのは入社5年目のとことでした。妊娠5週目でした。私は元々妊娠を望んでいたので大変喜びました。また、働くこと自体は好きだったので、妊娠、出産しても、産休、育休をとって会社は続けようと思っていました。ところが妊娠8週目、事件は起こりました。私はその日、会社帰りに婦人課へ検診へ行く日でした。病院へ到着し、再尿していたところ、突然血のかたまりが出ました。私は大変驚き、医師に報告したところ、診断結果は切迫流産で、自宅で絶対安静とのことでした。私は大変驚き、急いで会社の上司である課長に連絡しました。課長は支店長とすぐ相談してくださり、そこから私は会社を休職させて頂くことになりました。今思えば、これが私のマタハラの原因となったのだと思います。今までも、私の支店で妊娠した方はいらっしゃったのですが、今までの方は幸運にも、妊娠中のトラブルがなかったようで、普通通り会社へ来て、営業職を通常通り行っていました。突然休職した私は、不在の間、誰かに引き継ぎ業務も頼まなくてはならず、今まで通り営業もできないことから、支店にいる女性達のお荷物になってしまったのだと思います。

私が会社に復帰できたのは、休職から1ヶ月半程経った頃でした。血も止まり、医師から安静解除の指示も出たため会社へ行きました。女性社員達は皆「大丈夫ですか」と声をかけてくれました。中には本当に心配してくれている女性もいたかもしれませんが、女性リーダーが最も私に冷たく接してきました。「○○さんは妊娠大変そうだから、朝の会議出なくていいから」や「飲み会とかも誘わないから」「でも営業の数字はきちんとやってね」など言われました。私は大丈夫ですと言ったのですが「あなたが飲み会とか来ると私たちもまた突然妊娠のトラブルとかあったらどうしようとか思うじゃない?」と邪魔者扱いされました。リーダーがそのような態度だったからか、他の女性社員からものけ者にされるようになり、どんどんと会社での居場所がなくなってしまいました。

結局私は、続けようと思っていた会社を退職しました。そのリーダーの女性は、妊娠出産してもずっとここで働くと豪語しており、私がもし産後復帰しても、ずっとこの人と一緒だと良い仕事環境ではないと思ったからです。現在私は新しい職場で快適に働いています。妊娠という女性特有の状況を、同じ女性に理解してもらえず、マタハラを受けたことを大変残念に思います。

妊婦に理解のない経営者

私の妊娠が発覚したのは、新しい仕事を始めて半年程経った頃でした。仕事を始めて間も無くの妊娠で申し訳ない気持ちでいっぱいでした。しかし、採用の面接を受ける際に妊娠する可能性がある事は経営者に伝えていました。私が勤めていた職場は地元で昔から続く個人経営のお惣菜屋さんで、経営者と私を含めた3人のパート社員で回していました。妊娠が分かってすぐ、経営者に報告すると、キョトンとした様子で、なぜ辞める訳でも無いのに報告したのか分からないようでした。

私としては、予想出来ない体調の変化で迷惑をかけるかもしれないと思い、早めに報告をしたのですが、理解出来なかったようです。

お店での私の仕事内容はレジ打ちや品出しなど、立ち仕事の職場です。幸い、悪阻はほとんど無く、妊娠初期に立ち仕事が辛いという事はありませんでした。特にそれまでと変わりなく仕事をこなしているつもりでしたが、妊娠5ヶ月の時にそれまで週に4回規則正しく入っていたシフトが週に3回になっていました。

お盆休みのある月だから、たまたまだろうかと思って特に申し出る事はしませんでした。

しかし、その頃から経営者との会話の端々に「どうせ辞めるんだし」というニュアンスの言葉が目立つようになって来ました。
確かに、そのお店の規模で、私が産休を取りその間だけ代理を雇いまた復帰するというのは無理があり、辞める事になるのは経営者との話し合いで決まった事でした。

妊娠中に勤める事も、新しい人を雇わなければならなくなる事も迷惑だと承知していて、申し訳なく思っているのに、チクチクと言われると気分が悪かったです。妊娠後期になると、どうしてもお手洗いが近くなり、仕事の合間に行く事も増えました。
経営者は、悪気があるのか無いのか「妊娠さんは大変だねぇ」などとニヤニヤしながら言うので、申し訳ないのと恥ずかしいので、嫌な思いをしました。

やはり、後期になると立ち仕事は辛かったです。

品出しで屈んだり、低い所の掃除などは苦しくなってきました。休憩はなく、4時間立ったままの仕事だったので、用土品の手入れなど座れる作業は座ってしても良いかと申し出た所、そういった態度でお客様を迎えるべきでは無いとの返事でした。

ちょうどその頃、不正出血があり、仕事も休まなければならなず、不本意ながらそのまま退職となりました。私の経営者への説明が不足していたのでしょうか。経営者からの理解が無かったが故のマタハラだと思います。もう少し理解があれば、ここまで迷惑をかけずに退職出来たのではと思っています。

女の敵は女

「寿退社」がまだ残っていた時代のことです。今から15年も前の話です。私は当時では珍しく、結婚後も会社を辞めずに働いていました。日本全国を走り回る営業ウーマンでした。男性社員のアシスタント的存在が多かった女性が多い中、とても珍しい存在だったと思います。部署は違いますが、職場結婚をした私たち夫婦。結婚して、1年が過ぎた頃相変わらず忙しく、バタバタと走り回って働いていた私。突然、下腹部にとてつもない痛みを感じ、トイレに駆け込みました。すると、少量ですが、出血していました。今までそのような経験をしたことがなかったので、夜間救急で産婦人科へ駆け込みました。

妊娠3か月。

切迫流産の疑いがあるとのことで、緊急入院となりました。妊娠を待ち望んていた私たち夫婦に、嬉しさと不安が一気に押し寄せてきました。抱えている仕事も途中のままの緊急入院。誰かに引き継げるわけもなく、入院していても、お腹の中の子供のことと、仕事のことが頭の中を駆け巡っていました。入院中は上司や同僚がお見舞いに来てくれ、「仕事のことは気にするな。」と温かい言葉をくれました。2か月後やっと退院することができました。

安定期に入ったので、会社にも復帰することになりました。復帰した職場では、すでに私の居場所はありませんでした。私の仕事は、急きょ受け入れた派遣社員さんがしていました。私は、その派遣社員さんのアシスタントということになっていたのです。ショックでした。今まで正社員として必死に頑張ってきたのに。私は男性上司に元の職に戻してくれるように懇願しました。

すると、「体調が心配だから。」の一点張り。それでも、与えられた仕事を精一杯こなそうと頑張っていました。9か月目に入り、いよいよ産休が近くなってきた頃、後輩の女性社員が私にこう言ったんです。「妊娠してれば、何でも許されるっていいですよね。仕事だって全部独身の私たちにまわってくるんだから。私は結婚したら会社を辞めますから。」と。「女の敵は女」働く女性を応援してくれるのは女性ではないのです。男性でもないのです。後輩たちのために、働く女性の見本になるようにと頑張ってきたつもりが、真逆だったなんて。その後産休は取らずに、退職をしました。後悔はしていません。

妊娠中のつわりを理解してもらえず辛かった

妊娠中の夫婦関係で一番困った事は、つわりの辛さを理解してもらえなかった事です。

私は比較的つわりが重い方で、妊娠初期から安定期に入るまではとにかく匂いと飲食がダメで吐きっぱなしでした。胃液も吐き尽くし、胆汁やら血やらが出てきてしまう状態で、元々多くなかった体重が激減してしまいました。病院に行くと妊娠悪阻と診断され、病院に通って点滴を打ってもらい、家では家事も思うように進まない日が続いていました。

私は専業主婦だったのもあって、夫はそんな私を見ていい気分はしなかったようでした。

常に機嫌の悪い日が続き、口を開けば小言が出るようになりました。

よく言われたのが、「家事もしない女はいらない」、「俺の知っている妊婦はみんな出産間近まで仕事をしていた」といったもので、つわりは甘え、怠けているといったものでした。たまたま夫の友人の奥さんが妊娠中だったのもあり、「友人の奥さんは働いているのに」と比べられ続けたのが一番辛かったです。

また、私が妊婦中でつわりが重いというのは棚に上げて、友人や職場の上司同僚たちに「妻が家事をしないから離婚したい」などとこぼしていたのもショックでした。

病院では、「これ以上体重が減ると母体が危険。場合によっては赤ちゃんを諦めなければいけないかもしれない」と言われながら、家では夫には一向につわりを理解してもらえず、吐いて吐いてヘロヘロになりながら家事をしていました。

安定期に入って目に見えてお腹が大きくなってきてからは夫も家事や買い物などを手伝ってくれるようになりましたが、それまではずっとつわりも辛い、言いたい放題言われて精神的にも辛い、夫は夫で気分が悪いと、夫婦関係がガタガタになっていました。
安定期に入って多少つわりが落ち着きましたが、それでもまだ吐きつわりだけは出産直前まであり、夫もようやく私のつわりが友人の奥さんよりも重い方だと気づいたようでした。

今でも夫がつわりの苦しさを理解しているかどうかと言ったら不安が残る部分が多いですが、少なくとも以前よりはましになったと思います。

そのうち第二子を考える時には、万が一つわりが重く家事育児がそれまでどおり出来なくなったときや、入院が必要になった場合にどうするかをあらかじめ話し合ってある程度決めておこうと思います。

セックスレスのはじまり

28歳のときに結婚して間もなく、子供ができました。結婚式の準備中に妊娠が発覚したので、つわりも酷く、準備から挙式当日は本当に大変でした。ウェディングプランナーとの長時間の打ち合わせや、ドレスの試着やヘアメイクにエステ。新婚カップルにとっては楽しくてしょうがないはずなのに、妊娠初期の妊婦にとっては、とても辛く、イライラすることも多く、旦那にも本当に迷惑をかけたと思います。

結婚と同時に仕事を退職していたので、ずっと家にこもりきりで、余計にストレスが溜まっていたのかもしれません。

私はつわりが酷く、掃除、洗濯、料理などの家事は旦那に任せきりで、ずっと寝て過ごす日々が続いていました。食材の買い物も旦那に行って来てもらい、仕事で疲れているのに、イライラして当たってしまうこともありました。せっかく作ってくれた料理も、気分が悪く吐いてしまうこともありました。特に夕方から夜にかけて、つわりが酷く、夜の夫婦の営みは妊娠中、全くと言っていいほどありませんでした。

妊娠初期は、流産の危険性もあり、とても大事な時期なので、もちろんセックスをすることは避けていましたが、中期になり安定期に入っても、もし子供に何か影響が出たらどうしようと不安になったり、つわりも続いていたので、セックスができませんでした。

妊娠後期になると、お腹もかなり大きくなり、腰痛などのマイナートラブルも多く、物理的にセックスをすることが難しくなっていきました。

結局、出産は私の身体的理由で(低身長)緊急帝王切開になり、出産後も後陣痛と傷跡が痛み、動くこともままならず、実家に帰っていたこともあり、だんだんとセックスレスになっていきました。子供が生まれてからは、慣れない育児と睡眠不足から、セックスをする気にもなれず、旦那には辛い思いをさせていると思います。

現在、子供は一歳半になりますが、セックスは3ヶ月に1回ぐらいで、ほぼセックスレスと言っても過言ではありません。お互い、愛してるという気持ちはあるのですが、私に性欲がなく、本当に旦那に申し訳ないと思っています。そろそろ二人目も欲しいと思っているのですが、こういう状況なので、なかなか難しいです。

悪阻が酷くストレスが溜まり夫の事を考えなかったせいで、夫は夜のお店へ

妊娠中に夫婦関係で困ったのは、一番はやっぱり「自分第一になって夫の事をほったらかしにしてしまい、夫が夜のお店へ通うようになった」事です。
妊娠するまでは、周りも呆れる程のとても仲の良い夫婦関係で、喧嘩もした事がありませんでした。しかし妊娠してから、私は初めての妊娠で不安だった事、悪阻が酷い事からついつい夫の事をほったらかしにしてしまったんです。

妊娠3ヶ月目までは、食欲もありましたしそんなに悪阻も酷くなかったので、イライラする事もありませんでした。でも4か月目から徐々に悪阻が酷くなり、食事の用意をしようと食材の匂いを嗅いだだけで吐き気を催してしまうようになったのです。

食べられるメニューも限られてきて、どんどんやつれていきました。

夫は心配した気持ちから、私の好物のから揚げを買ってきて「好きな物だったら食べれるんじゃない?」と言うのですが、油の匂いで気分が悪くなり「何でそんな物買ってくるよの!」と喧嘩になった事もありました。夜眠る際も今までだったら1つのベッドで手を繋いで眠っていましたが、妊娠中は人との接触もストレスになるので、自分用のベッドを買って離れて寝ていました。

家の中でも私は常にぐったりしているので夫の話し相手になれず時には八つ当たりをしてしまって、寂しかったらしい夫は夜のお店へと通うようになってしまったんです。

最初は会社の同僚の方に誘われて仕方なく行っていたようですが、優しく相手をしてくれる女性に心を奪われて1人でも頻繁に通うようになったと言っていました。私がもっと夫の事を考えて、多少辛くても夫の事を思って行動、言動に気を付けていればよかったんだと、夫の夜のお店通いが発覚した時に大変後悔しました。

夫、私とそれぞれの両親を交えて話し合った結果、夫は反省しているし私にも悪い所があったので、離婚はせずに済みました。
お互いに謝って、その時に「話し合う事が大切なんだ」という事に気づかされました。

でも幸せの象徴である2人の子供がもうすぐ産まれようとしているのに、妊娠が切っ掛けで夫婦関係が冷え切ってしまうなんて寂しいですよね。もしも2人目を妊娠した時は、自分本位にならないように夫の事もちゃんと考えないといけないなと強く思います。

産んでスッキリ

妊娠が分かったのは5週目の頃。その時は全く体調の変化がなく、絶好調でしたが、7週目あたりからつわりの症状が出始めました。

まずは極度なだるさ。寝ても寝ても疲れがとれず、だるくて眠たいのです。家の中にいてトイレに行くのもしんどかったほど。仕事をしていましたが、電車内で座れない時は吊革にぶら下がるように立っていました。駅からの道中も、ゆっくりしか歩けず、通常の2倍以上の時間がかかってしまいました。嘔吐はありませんでしたが、何となく気持ち悪いなという感覚はありました。あったとはいえ、10分ぐらいでおさまるもので、その辺に関しては軽かったと思います。

生ものを食べると気持ち悪くなったと思います。仕事帰りに料理する気にならず、お寿司やお刺身をよく食べていましたが、これに気づいたのはかなり後になってから。お魚で栄養をとろうとしていましたが、別のものにするべきでした。

このだるさづわりは10週目になると嘘のように治まりました。

疲れやすいに変わりはありませんでしたが、日常生活に支障はなくそれまでとは比べものにならないほど。つわりは明けたかなと思いましたが。20週を前にして胃もたれに襲われました。これはつわりではなく、子宮が大きくなることによる胃の圧迫感によるものみたいですが。特に満腹になると気持ち悪さはマックスでした。そもそも食べすぎなければいいのですけどね。

あと、添加物の類がだめになり、ウインナーやハム、ベーコンといった加工食品を食べた後のげっぷがとても気持ち悪かったです。妊娠中期が冬で、主人はおでんをリクエストすることが多かったのですが、おでんの練り物は酸化した油や添加物のかたまり。食後は毎回気持ち悪かったので、おでんか食べたいと言われるとイラッとしたのを覚えています。

このなんとなく胃のあたりが気持ち悪いというのは産むまで続きました。特に8か月あたりは、食べたものが胃の中でふくらんで苦しくなるほど。

おかげで、体重増加にはあまり悩まされることはなかったし、食品添加物を避けることを心がけたので、健康的な食事ができたのでいいとしましょう。出産直後の食事がコロッケ2つというヘビーなものでしたが、ぺろりと食べた上に胃もたれはおきませんでした。

やはり、ごはんはおいしく食べたいものです。

年下旦那

私は、年下の旦那を持っている24歳会社員です。妊娠した時には、23歳で中途入社1年目で責任ある立場に居ました。旦那とは、付き合い始めて半年。タイミングとしては最悪な状況でした。

子供が出来たことは凄い嬉しかったのですが、私自身、また彼自身、覚悟が出来ていない状況での妊娠は内心怖かったです。旦那の覚悟に関しては、あまりにも甘くて、私も子供で毎日喧嘩ばかりでした。結果として子供も生まれて今も喧嘩をしながらも子育てに奮闘出来ているので、良かったのかな?と思います。

全ては友達が、昼夜問わず愚痴を聞いてくれて、ヒステリックになっている私をさとしてくれていたからです。

夫婦関係で一番困ったことは、私の不安を彼が分かってくれなかったことです。若い二人なので収入も少なく貯金もないのに、突然、芸人になりたいと「仕事辞めたから」宣言。私は、マタハラで会社を辞めさせられそうになっている最中で、頭がどうにかなるんじゃないかと思うくらいにパニックでした。

友達と彼を説得し、新しい仕事を探して貰うよう説得し、私も会社を辞めなくていいように役所に相談をしに行ったり。妊娠で体が思うように動かないもどかしさと、旦那の理解できない行動と、すべてにイライラした毎日です。

また、妊娠して、つわりが酷く辛い私の横で平気な顔で香りの強い食べ物を食べていたり、滅多にない友達との外出を浮気と勘違いし、執拗に質問して来たり、部屋から出ないように色々やってきたり、私もおかしくなってたが、彼もおかしくなっていました。

そういう、仕事、つわり、浮気疑惑問題が片付いたころに、要約お互いの両親の顔合わせや、結婚の話を進めることになったのですが、ここでも旦那は動いてくれず、すべて私任せ、私は、産休前の引継ぎで指導したり、プロジェクトの一員に選ばれて、パタパタしていたため、まったく動いてくれない彼にイライラして、何度も喧嘩し、結婚事態も止めようと自分の中で葛藤。

一人で育てる自信もないし、子供が大人になるまで、この彼と頑張ろうと、言い聞かせていました。

妊娠。とくに出来ちゃった結婚をなめてました。

彼が、結婚に対して、子供に対して、覚悟がない状況。

怒りすぎると、私の前から居なくなるんじゃないかという不安。

子供の事だけではなく、そういった不安を抱えての妊娠は、本当に辛いものでした。友達には、でき婚ではなく、この人なら大丈夫。支えてくれる。と思える人と出会い結婚をしてほしいです。